■とらドラ!SS 竜虎並び寝る(承前)
5
自由になった手で、竜児は大河の身体を撫でる。
少し手首を浮かせて、指たちだけで。胸から腹へ、月の光の影に導かれるように。
可愛らしい雫形のへそを指先でやさしくくじると、吐息よりも早く腰を跳ねさせて大河のカラダが応える。
それが物であれ布であれ、知る限り竜児の指はすでにそれらを優しく扱うすべを覚えていた。そんな竜児の指がすべりゆくのは、今やこの世で一番大切なもの。
生きたシルクか、それとも。
「……おまえは何で出来ているんだ? 大河」
月に蒼く照らされた大河の華奢な肢体は、まるで精緻な人形か塑像のような陰影に包まれていて、しかも指の下で熱く息づいている。
竜児はこんな美しい生き物を知らなかった。
シーツから浮いた驚くほど細い腰弓の下にも、そっと手を差し入れる。壊れそうだとおののく。
大河は喘いで身をよじる。くすぐったいのか、それとも。
虎だというのに、この大河は子犬みたいに喘ぐと竜児は思う。
「俺はこんな気持ちのいいものを触ったことがない」
「りゅ、竜児だってっ! 竜児の手だっておかしいもんっ!」
大河の顔は両手で隠されていて、その間から、ちいさくて形の良い鼻と、はっ、はっ、と喘ぐばかりの開かれた唇だけがのぞいている。
「竜児の手だって……気持ちよくて、おかしい……っ」
「おう、そうか……よかった」
腰から腹へ、そして大河の胸へと、竜児は指をゆっくりと鍵盤をすべらせるようにして戻していく。そのたびに、大河は小さく腰を跳ねさせる。
「そんなにビクビクするなよ」
「か、勝手になるの! 気にすんなスケベっ!」
そして竜児の指は、大河の胸のちいさなふくらみのはたで止まってしまう。じっくりと見ずにはいられない。
薄くうすく、ふくらませて仕上げた、二つのミルクのプリンのようだった。
唇よりも淡い桜色の先端が、そのプリンの上にちょこんとのせられて。そしてそのまわりへと、桜色は儚くしてミルクの色にすっと溶けてゆく。それは神の細工。
桜色の先端は、片方は真珠のようにつんと丸く、そしてもう片方はまだ――
「なぁ大河。おまえの胸はプリンみたいで……美味しそうだぞ?」
「プリンじゃないっ!」
「食べていいか?」
「食べるなっ!」
「じゃあ舐めるだけ」
「……えーっ」
「キス」
「……っ!」
淡色の髪からのぞく耳までたっぷり赤くしてから、大河はコクコクとうなずいた。これは……キスならいいってことか?
広がりうねる大河の髪を踏まないように手をついて、竜児はすっと大河の胸におおいかぶさって。
薄い唇を少しだけ開いて、唇の肉でふくめるように。
真珠の方に。
「はあ……っ!」
大河の腰がひときわ大きく跳ねる。
竜児は顔を上げて、つい確認してしまう。唾液に濡れてちいさく輝く先端を見て。それは本当に、真珠のような。
「もうひとつの方も、キスするぞ?」
「い、いちいち訊くんじゃないっ! か、勝手にすれば……っ」
「おう」
だめだ、楽しい。竜児にも大河が自分を質問責めにした気持ちがわかってしまう。
竜児はふたたび大河の胸に顔をうずめて。
今度はもうひとつの方。
「あっ、あっ!」
すぐには口を離さず、唇ではさむようにして、ちゅ、ちゅ、と吸いたてる。
唇の間でそれはすぐに硬く勃起して、はさむ唇の圧力にも負けなくなる。
たまらなくなって、竜児は唇をミルクのあわいまで拡げて吸いたて、舌でもうひとつの真珠の仕上がりを確認する。コロコロと。
「わーっ、舐めてるうっ!」
わーっ、ってね、おまえ……。
逃れるように身をよじる大河をつかまえようと、浮かんだ細い腰に左腕をまわして抱きしめる。大河の肌はいつしか汗でしっとりとしていて、竜児の手が好きとばかりに吸い付いてくる。あまった右手で大河の左の乳房を大きくつまむようにする。ぷるぷると。なんだ、やっぱ胸あるんじゃん、大河のやつ。
大河は足までばたつかせて、ふとんも蹴り殺す勢い。声こそ殺して大騒ぎ。顔を隠すために両手がふさがっていなければ、竜児の身もどうなったことかと。おおこれはなんという虎。
「わーっ、わーっ!」
それでも押し殺された悲鳴は甘い響きを帯びていて、竜児はたまらなく愛しくなって。
唇をめいっぱい拡げて、大河のミルクプリンで口の中をいっぱいにするようにして、先を飾る真珠ごと舌で舐めつくす。
「た、食べられちゃう! 食べられちゃうっ!」
食べねえよ。
「食べないでね? 食べないでね? 竜児……っ」
おまえが可愛いからいけねえんだ。
ふと、大河は足をばたつかせるのを止めて、かわりにつっぱるように伸ばす。
哀願する。
「りゅ、りゅうじっ、はっ、はっ……あのね、もっ、もう……っ、いいでしょ……っ?」
駄目と答えるかわりに、竜児は今知った大河がいちばん可愛く喘ぐやり方で真珠をくるりと舐める。
「あーっ! も、もういっぱい……っ、いっぱいっ、舐めたよね? いっぱい……いっぱいっ!」
大河は頭と足で支えるようにして、ひときわ弓なりに腰を浮かせてくる。竜児に乳を吸いたてられて、いっぱいっ、いっぱいっ……と、大河は熱にうかされたようにくり返す。
「あーっ! あーっ! りゅうじっ、ひどいっ、……も、もう、だ、だめだよ……だめ……あーっ!」
竜児は右手でぷるりとつまんだ、もう片方の真珠も浮かした指でくじりだす。
「だ、だめだってば……っ!!」
大河の肢体がビクンとひときわ大きく跳ねた。知らない跳ね方。
玉を結んでいた汗が飛ぶ。全身をつっぱらせる。小さく華奢な大河の身体が竜児の腕の中で驚くほど硬くなる。痙攣する。
虎が、と竜児は思う。
大河の顔を覆い隠していた両手がはなれて、何かつかむものを求めるように震えながら空をかく。空に爪を立てる。
竜児は反射的に顔を上げた。
甘い涙でぐしょぐしょの大河の瞳は、宙に向けて驚いたかのように見開かれて、星を散らして。いや、これは驚いているのだ、大河も。竜児はそう確信する。
瞳を見開いたまま、大河は竜児が見ていることに気づく。痙攣のさなかで顎を引き、竜児を見ようときらめく瞳孔を動かす。
「りゅ……じ……っ」
だが痙攣がその瞳を竜児に向けられる前にふたたび虚空へとさらう。
大河の身体がふたたびひときわ大きく跳ねる。
大河が壊れてしまう!
そう、ほとんど竜児は恐怖すら覚えて、いまだ安らぐことなく宙へと跳ねようとする大河の腰を力強く抱いて支える。
「……っ! ……っ!」
空をかく大河の両手が竜児を掴もうと近づいては、肢体を硬くする痙攣にはばまれてとどまる。大河の爪が虚空を引き裂く。
あれに掴まれた者は引き裂かれる。
俺を引き裂け! 大河!
迷わず竜児は心に叫んで、大河の腰から背中に腕を上らせて、胸に胸をあわせるように抱きしめる。こするようにして額に額をくっつける。
大河の瞳の自由が利かなくなったのなら、俺がそこに飛び込んでやる!
「りゅ、りゅう、じ……っ」
大河の両腕がガクガクと背にまわされても、竜児の背中に覚悟していた痛みは爆ぜない。その背中を掴もうとする力すら、痙攣が奪っているようだった。
「りゅ、う、じ……」
襲い来る硬直に抗って、大河は必死に瞳を細めて、嬉しそうに……ほほえもうとして……!
「愛している!」
竜児は叫ばずにはいられない。
大河の瞳は見開かれ、目からあふれた涙が頬にひとすじ。
「わ、わた、し……も……あい、し、て……っ!」
ふたたび大きな痙攣が言葉をさらい、そして大河は瞳を閉じた。
静かに痙攣する大河の身体。
「……う、嘘だろ……なあ、おい……大河……」
その痙攣も、収まって。
なのに大河は瞳を開けない。
忍び寄って来た焦りが、竜児を捕まえる。
「嘘だろ……なあ、おい、大河……起きろよ……はは……」
やがてそれは恐慌になる。
「なあ、からかうのはやめてくれよ、大河……嘘だろ……? はは……目を開けてくれよ……大河! 大河っ! たい、がはっ!」
肺からしぼられる最後の叫びは苦痛の叫び。
竜児の胴に腕を回して、身体のコントロールを取り戻した大河の渾身のベアハッグが決まっていた。
「うるっさいっ、てば、あんた。大声出すんじゃないっ」
可愛い唇から罵声を浴びせて、大河は大きな瞳もぱちりと。怒るのも忘れて、竜児はそれはもう安心のあまり。
「おう! た、たいがぁ~ン……っ」
「キモいってのよ、だからその声」
まさかこの期に及んであんたの新しいキモポイントを発見することになるとは思わなかったわ……なんて、大河は平気でひどいことを言う。そんないつもどおりの罵りに、竜児はますます安心だと喜びを深くしてしまう。染み付いた犬根性? なんとでもいえ。だって、だってなあ?
「だ、だってお前……俺はてっきりお前が死んだかどうかしたのかと」
「いや~すごかったね! 私も死ぬかと思ったわ」
いや~すごかったすごかった、あはははは……なんて、他人事みたいに笑っている大河を見て、ようやく竜児にも多少の憤りのようなものが、こう、ふつふつと。
なにか一言ってやらねば気がすまない。よし、と決意し口を開いた竜児は、
「怖かったんだぞ……ほんとに」
唇をとがらせ拗ねていた。
「ごめんごめん☆」
そんな竜児の怒る気も何も一発で失せてしまう、この素直に転じた大河の卑怯なほどの可愛さ。この虎の新たな牙がこれだ。だめだこいつ、早くなんとかしないと……てか俺がだめなのか?
「だって私も初めてだったんだもん……あんなにすごいの」
「おう……てことは、やっぱりさっきのあれは……あれか? つまりその……」
イク、とかいう。
真っ赤になって口ごもる竜児を、大河は目を眇めて見返して。
「竜児またなんかスケベなこと言おうとしてる」
「おう? っておまえの身に起きたことだろ!?」
「……うん、たぶん、そう。私……私ね? たぶん……あれで……」
今度は大河が真っ赤になる番だった。仲良し信号機か俺たちは。しかし、そうか、つまり、やっぱり。
つまり、だから、その、やっぱり。
大河はイったのだ。
わあ恥ずかしい。
そんな心の中の言葉に羞恥のあまり身悶える竜児には、しかし、まだいくつかの初心者的というか童貞的な疑問が。
「む、胸、だけで?」
「えっ!? そ、そう。だと、思う、たぶん……あああなんかあんたを殺したい」
「なんで!?」
「だから! 私も初めてだったって言ってるでしょ?」
「初めて……イった?」
「わーもうやっぱあんたぶっ殺すっ!」
「おう!? だから、ベアハッグやめっ! おま、えの、本物……だ、だめへぇっ」
「胸だけでイったのなんか初めてなの! てかあんなにすごいの……初めてなの……っ!」
竜児の背骨をミシミシと軋ませていた両腕も解いて、大河は恥ずかしさのあまりとうとう俯いてしまう。淡色の豊かな髪間からちょこっと覗かせた耳も真っ赤。
肺に酸素を取り戻した生還者の竜児は、そんな大河の頭をやさしく撫でてやる。ちんまい頭を眺めるそのギラつく邪眼で伝えたい思いは、俺もキリストより齢古い地獄開闢以来の魔神だが、天使のベアハッグで仏が見えそうになったのは初めてだ、そんな天使のつむじに喝をくれてやろう……とかというものでは、もちろんなくて。
やっぱりどうにも愛しくて。
だから竜児は愛しい名前を呼んで、
「大河……」
「な、なによ……っ!」
顔を上げたその娘の唇にキスをする。
6
唇が唇を、ついばみあうようなキス。
「竜児……」
「大河……って、おうっ?」
「うう~っ!」
大河はいきなりえぐえぐと泣き出したのだからたまらない。なんだなんだ? またやっちまったか俺? ここ、キスするところじゃなかったのか? 認めたくない若さゆえの過ちなのか? 坊やだからなのか? 竜児はあわてふためいてティッシュを出して、
「こわかったんだもんっ、私だってっ!」
「おうっ?!」
大河はそんな竜児の首に抱きついてきたものだから、これでは涙も拭けやしない。大河の首筋からたち上る香にも似た匂いに、ずっとそこに鼻をうずめていたい欲望にかられながらも、竜児はなんとか大河にかけるべき言葉を探りあてる。
「そ、そうか、ごめんな……おまえもこわかったんだな」
「ちがうのっ!」
わあもうわけがわからない。
「私があんな……すごくなって。竜児が引いちゃったんじゃないか、って……」
こわかったの……と、大河の声の最後は消え入りそう。
なるほどと、ようやく納得できた竜児はつい、苦笑して、
「ばーか」
言ってやる。竜児の首筋に涙と鼻水を塗りたくっている大河の小さな頭を、正面に引き据えて。汗で張りついた前髪をわざわざよけてやってから、額で額をコツンとしてやる。
涙で濡れた頬をぷくっとふくらませて、なにやら不服そうに上目遣いに睨んでくる大河の、
「ばかじゃないもん……あっ」
左目の涙の跡にキスをする。
右目の涙の跡にキスをする。
そうして竜児は、ちょっと迷ってから、いちおう言ってみる。
「……なあ、鼻水もキスで拭いていいか?」
「やめてよ変態っ!」
「俺は変態で結構だよ。おまえにしか、しねえし」
とはいえ当人の意思は尊重して、大河に鼻水だけはティッシュにちーんさせる。ちーんさせながら竜児は語りかける。
「……そりゃ俺だって驚いたさ。死んじまうんじゃないか、なんて一瞬思ったし。でも、べつに身体は大丈夫なんだろ?」
「うん、平気……」
「それで……大河は、その……気持ち、よかったんだろ?」
「う、うん……す、」
すごく……と、大河はまた消え入りそうな声で。なんで不服そうなんだおまえは。
「愛しくてたまらなくなったよ、俺は」
はっとして、大河は顔を上げる。
「ひょっとして竜児って、派手にイク娘が好み?」
「は、派手にって、おまえね……」
派手に、イク。まったく予想だにしない言葉の組み合わせ。だけど、まあ、なるほど、大河のアレを、言い得て妙というか、たんに妙というか……あれ俺なんかちょっと感動的な告白をしたはずなのに、大河はなんか俺の隠された恥ずかしい性的嗜好について訊いてきているような……?
「答えて! 竜児は、派手にイク娘が好みなの?」
「おう、そ、そうだな……まあ、ど、どちらかと言えば?」
「煮え切らない男ねあいかわらず……ま、いいわ。引こうが引かれまいが、つきあってもらうから。パンツ脱ごうっと」
竜児の予想をはるかに越える急展開。これが手乗りタイガー、逢坂大河だ……てかちょっとまておい!
「おう、パ、パンツ?!」
「そこに反応するんだ。まあやらしい男」
なにぼーっとしてんのよ、しっ、しっ……と、大河は片手をひらひら、本当に犬でも追い払うように竜児を下がらせて。ふたたびふとんを首まですっぽり。
「おう……」
「なによ。まさか目の前で脱ぐと思ったの? ほんとどうしようもないわねこのエロ犬は……」
などと罵声も快調な大河は、うんしょうんしょとふとんの中でもぞもぞし始めた。
やがで何かの仕掛けのように、竜児からは遠いほうのふとんの端が持ち上がって、そこから一応は丸められたパジャマが、ぽんと畳の上に転がり出る。これはぜひともたたみ直さねばと竜児の双眸が死兆星のごとく妖しく光る。たぶんその中には、大河の、パパパパンツがががが、とか思っているようで、実際にはやはりその中には大河のパパパパンツがががが……。
「じーっと見るんじゃないよこの目からエロビーム放射メイドっ! それに触ったら殺すからね」
「おうっ!?」
叱られた。
「ねぇ竜児、そこ」
と、大河はふとんから右手だけ出して竜児の方を指さす。
「おう、なんだ?」
俺の背後でも指さしているのかと、首だけまわして振り返ろうとして、
「勃起してる」
「おう、なんだ勃起か。俺の後ろに今のところ勃起は無いよう……いやんっ!?」
竜児は股間を隠して女体化した。
大河が指さしていたのは竜児の股間、正確に言えば寝巻きがわりの膝丈短パンをひたすらに盛り上げ続けている、つまりなんというか手乗りドラゴンの方だった。
「見ないでっ」
いまいち女体化が解けきれてない竜児に、大河は眇めた目つきでニヤニヤと、
「なーにを今さら。さっきからずっと見えてたんだよ、スケベな子だね……」
隠さなくてもいいじゃないか、クックック……なんて、対抗するかのように声音まで低くしてエロオヤジ化。そういえば、大河を抱き起こしたあたりから、竜児はすっかり股間を隠すのを忘れていたのだった。それにしても、俺が女であいつが男で。ボクたち一体どうなっちゃうんだろう……なんて、竜児は大河との将来に新たな不安を見出しかねない勢いだったのだけれど。
そんなふうに将来はおろか性別も見失いかけた竜児を、もう一度ちゃんと男に戻してくれるのは、それでもやっぱり大河なのだった。
「やだやだ竜児たら、そんなに勃起させて……私のこと、犯したくてたまらないのね?」
犯すとか、そんな趣味はないはずの竜児なのに、その言葉に反応して股間はびんっと漲ってしまう。ずっと見ていたくなる恥ずかしそうな大河の可愛い顔が、ずっと聞いていたいその可愛い声がいけないのだ、と竜児は思う。そして、
「来て、竜児……犯して」
そう、大河に、まっすぐに両手をさしのべられて、まっすぐに求めてこられては、竜児に抗えようはずもないではないか。
こーいこい、ほれ、苦しゅうない、近う寄れ一休……と、ふとんをめくってぽんぽんと誘う大河は、どうやら今度は足利義満になっていたのだけれど。竜児は思わずにはいられない――
おまえは追い出される虎の方じゃねえのかと。
(この章おわり、7章につづく)
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