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21 . November
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29 . August
お互いを恋する前に、すでに俺たちは愛し合っていたのだと思う。麗しの季節よ。

……えー、あー。竜児にまた一行目を追い出されたせーぶるです(u ・ω・)季節は「とき」と読むらしいよ?

今日もそれなりに東京は暑いんですが。暑いあつい、外は暑いと言いながら、竜児がスーパーに買い物に出れば大河は必ずついていきますし、大河がどこか出かけるといえば必ず竜児はついていくに決まっているんです。暇だから、とか、仕方なく、しぶしぶ、とかいう、原作の語りを信用してはいけません。こいつら一緒にいるのが大好き、付き合う前から恋人以上の仲良しですΣ(; ゚Д゚)カッ


というわけでまあ今回は、暑い真夏の真昼に都心にお出かけするふたり。それでは大河×竜児SS、「ひそみにならうの」、続きを開いてどうぞ

***
  ひそみにならうの
 
 右を向けば右を睨み、左を向けは左を睨む。これぞ手乗りタイガー、逢坂大河だ……じゃねえよ。
 竜児は声をひそめて呼びかける。
「おい、大河」
「なによ」
 そのくせ鈴みたいな可愛い声を出して大河が応えて、そして竜児に向かえば竜児を睨む。これが逢坂大河だ……まあ、そうだ。
「あまりきょろきょろガン垂れるなよ。乗客引いてんぞ」
「いいのよ、引くぐらいで」
 などと言って、大河は唇もへの字に結んでみせるのだが、
「おわっ!?」
 カーブにさしかかった電車の床に足元を掬われ、見知らぬおっさんへとつんのめりかけるのを、竜児が襟を掴んで止めてやる。
「あぶねえぞ。ちゃんと足、踏ん張ってないと」
「踏ん張ってるわよ、ちゃんと。限界があるっての」
 竜児に首根っこを捕まえられて、吊り下げられたにゃんこみたいになったまま、
「……つかむとこ、ないんだもん」
 大河は不服そうに呟いて、今度は薔薇の唇を蕾と尖がらせる。


 日曜日のお昼前。
 休日だというのに、いやむしろ休日だからだろうか。ラッシュというほどでは無いにせよ、都心へと向かう急行電車はわりと混んでいて。竜児と大河の二人はいわゆる電車の中ほどというやつ、押し込められてしまっていた。
 竜児はそれでも斜めに手を伸ばして、つり革をひとつ、なんとか確保していたけれど、
「てか、気安く触るんじゃないよ、このエロ犬」
 助けてやったというのにお礼も言わず、首を振って竜児の手をはじいてみせる、このろくでもないちっこいの……こと、大河の方はつり革に手が届くはずもなく、座席前を縦に走るポールも微妙に遠いのだった。
 仕方ない。
「じゃあ、いいぞ。俺を掴め……そうじゃねえだろ。ここらへんで勘弁しろ」
 掴めといえばここね!とまるで喧嘩腰、胸倉をつかんでちびのくせに竜児を吊り上げようとしてきた大河の手首を指でつまんで、シャツの腹のあたりに誘導する。
「うぅ……なんか、湿ってない? ここ。ばっちい……」
「仕方ねえだろ、夏なんだから。ちっとは汗もかく」
 ばっちい、ばっちいと繰り返し呟き、大河は綺麗な顔立ちをしかめてみせるものの、竜児のシャツを掴んで離す素振りはない。転ぶよりはマシ、ということなんだろう。
「おまえのほうがおかしいんだよ。そんな格好でなんで汗、かかねえ」
 そう言って、竜児は大河の「そんな格好」を眺め降ろす。
 街に出て、お気に入りブランドのショップに行くからだろう、大河が着ているのはいつにも増してフリルをたっぷりと決めたそのブランドのツーピース。
 ガーゼ織りだから通気性はいいらしいが、それにしてもふんわりと膨らんだスカートは足首丈で、そりゃ夏じゃねえだろと竜児はやっぱり思ってしまう。思うだけでなく家を出る時、実際にそう口に出して突っ込んだら、ほら夏でしょうよと大河はミルク色の華奢な肩を示して見せた。たしかに上はノースリーブ、それだけが救いだと竜児は思った。自分で着ているわけでもないのだが。
 まあ、しかし。まさにその、自分で着るでもない大河の服を買いに行くために、竜児は大河に付き合って汗をかきかき、真夏の電車に揺られているのだった。竜児はもちろん荷物持ち、お買い上げになるのは大河である。値段のことは考えないことにした。そのトリプルガーゼブラウス一着で俺たち三人が何ヶ月、とか。
 やめやめ。
 電車に揺られて、大河の髪もふわふわと揺れる。天然の栗色に艶めいて、それはまるでわた雲のよう。ミルク色の肌を白いコットン地のドレスで包んで、大河は人ごみの暗がりでも輝くようだった。
 身体にあわせるように小さな顔だって、綺麗なものだ。ガラス細工のような優美な顎のライン、美しい鼻立ち。やはりミルク色に滑らかな頬、薄紅の薔薇の花びらを思わせる唇。なんともまあ、休日返上の美の女神に毎度のごとくド贔屓にされて、今日も大河はびっくりするほど美少女だ。鳶色に輝く宝石のような大きな瞳だって、裡に星屑を秘めてきらめかせて……
「……ふんむっ!」
 睨んでいる。右も左もガン睨みである。
「だから睨むなって、大河。さっきからなんだ、なんでそんな警戒する?」
「なんで、ですって? 当然でしょこのド鈍犬。女はね、外に出れば七人の敵がいるっての。言うでしょ? 知らない?」
「それ男だろ……」
「は! 男の敵なんか電車のどこにいるんだか。女にはいるわよばっちり、痴漢っていう敵がね」
 大河の口からそう聞いて、竜児も思わず眉をひそめる。
「痴漢って、おまえ……まさか、あったことあるのか?」
「あるよ。お尻触られた」
「許せねえ……!」
 呟くや、まったく瞬間、たちどころに竜児は怒っていた。
 ふだんは大河の罵倒にも、暴力にさえもびくともしない温厚さで鳴らす竜児である。怒って、こんなあっという間に血をのぼせた試しなどない竜児は、むしろそのことに驚いたくらいだった。
 そりゃあいくら俺でも怒るのは当然だ、大事な……とつい考えて、大事ななんだ?と竜児は首をひねる。大事な、なんだというのか……大河は。そう、大河は……大事な飼い主だ。だから飼い犬の俺が激怒するのは当然なのだと、なんとかたどりついたわりには屈辱的なその答えに竜児は妙に安心、珍しく鼻など鳴らして納得する。
 そういえばこの路線、急行は特に痴漢が多いとか聞いたことがあった。今までは――竜児に出会うまでは、大河はきっと、ひとりでこの電車に乗って、服を買いに行っていたのだ。そして……
 そして。
 竜児はふたたび沸き立つ怒りもそのままに、誰をというわけでもなく、つい車両の中をぐるりと見渡してしまう。
 ばさばさ、あわわと、途端に車内は謎の喧騒に波打つ。本を持っていた客は本を取り落とし、携帯を持っていた客は携帯をお手玉し、本も携帯も持っていない客はいっせいに目を伏せた。え? なんだこれ、俺のせいか……?
「あー、あー、だめだめ。あんたは睨んじゃだめ。そっちシルバーシートだし。ペースメーカー止まるよ?」
「お、おう。そうか……って、俺の目は電波は出しちゃいねえぞ。……たぶん」
 たしかに竜児は遺憾ながら、心穏やかに眺めても無駄に殺意をふりまくほどの凶眼持ちだけれど。さすがに電波はねえだろうと、でも竜児はなんだか心細くなって大河を見る。すると。
 大河はどうしたことか、愉快そうに瞳も細めて、小首を揺らして微笑んでいるようだった。よっぽど今の騒ぎが楽しかったとみえる。
 ともあれ、ふだんはこれまた凶暴で鳴らす大河の機嫌がいいのは、竜児にしてもいいことなのだ……被害が減るからだ、もちろん。
 そして大河の微笑みに、腹に岩のように湧き上がった怒りもゆるりと解けて。解けてとけて、ちょっと待てよと怒りの最後のひとしずく。
「……で、そうだ。その痴漢はどうした」
「小手を掌握してひねりつぶしてやったわ。わかる? 掌握」
 そう訊いて、シャツを離した右手で、大河はやおら竜児の右手を握ってくるのだ。「手を握る」といえば聞こえは甘いが、
「ああ、いいよ! わかんねえけど、遠慮しとく」
 小指の付け根側を、小さな指を揃えて掴む大河のその力にはそんな甘やかさなど微塵も無い。それどころか瞬時に「あ、やばい、決まる」という確かな恐怖を竜児は感じて、焦って手を振りほどく。格闘技だか護身術だかの講釈をご遠慮されて、大河はたいそう不満げだが致し方あるまい。というか、やめろマジで。
 大河は不服そうに唇を尖らせたまま、振りほどかれた右の手を、汗で湿ってばっちいはずの竜児のシャツに戻して掴みなおす。そしてふたたび、綺麗な眉根に縦じわを刻んでの360度やぶ睨みを開始。
「……でもよ、もう睨まなくてもいいんじゃねえか、今日は。俺もいるし」
「あんたがいるから、なんなのよ」
 すかさず、なんなのよ、と来た。言われりゃたしかに、なんなのだろうか。俺が守る、とでも? とてもそんな柄じゃないが……とまで考えたところで、竜児は思いつく。
「そうだ。かわりに俺が睨んでやるよ」
「あんたがかわりに? だめよ、さっきの騒ぎを見たでしょ? あんたの目にはフォースがあるの」
 自分で言って面白かったのか、大河は意地悪そうにぷくくと笑う。
「俺はジェダイか」
「違うよ。物理力。まあ、暗黒の力ではあるわね……ぷっ」
 などと憎まれ口、大河はコロコロと本当に楽しそうに笑うものだから。申し出をすげなくされた上に小馬鹿にされたというのに、どうにも竜児は怒れない。かわりにつられて苦笑してしまう。
 やがて大河は、はぁ、とため息。私くらいの眼力でちょうどいいのよ、なんて言って。結局。
 またも右を左をガン睨みするのだ、大河は。大きな瞳を眇めて星ぼしの輝きを縮め、眉根も寄せて白い額には深い縦じわを刻んで。やっぱりどうにも、竜児にはそれが気に入らない。まったくそこが問題だ。それさえなければ大河は本当に――
 どうしてそんなことをしてしまったのか。ほんとうに、つい、
「大河」
 呼びかけて。正面を向いた大河の眉根のひそみを、竜児は撫でていた。
 右手を伸ばして親指の腹で、優しく。
「なに?」
 さしもの反射神経を持つ大河も不意を突かれたのか、ただただきょとんと大きな瞳をまあるくしてみせる。撫でた瞬間に竜児が予期したようには、振り払うことも、手ではじくことも、罵ることもせず。おとなしく竜児の指に撫でられるにまかせている。
「睨むのはいいけど、縦じわやめろよ、大河。クセがつくぞ。本物のしわになる」
 言って、なんとも妙な声が出るものだと竜児は思う。まるで低くて優しい声。
「なんないよ」
 それを聞いた大河はといえば、消えかけていた縦じわを竜児の指の下でぐっと深くしてみせるのだ。この天邪鬼が。
「なるよ。近所の不味いラーメン屋のおばさんみたく」
「近所のって、あの札幌ラーメンの?」
「そうだよ。大橋で札幌もねえだろって、前通るときいつも必ずおまえが言う」
 そうだ、と竜児は思う。苦労して、嫌なことがあって、その度に眉根を寄せて。そしてあのおばさんの額からはしわが消えなくなった。
 そうだ、だから、気になっていたのだ。竜児は、ずっと。
 大河が綺麗な眉根をしかめて縦じわを刻むたびに、出会った頃から竜児にはそれが嫌だった。大河はまだ少女で、だから苛立ちを解けば、そのしわも跡形もなく消える。けれどもし、このままなら。
 このまま、大河がしょっちゅう苛立ってばかりでいるままに、年をとっていったのなら。いつしかそれは消えない本当のしわとなって大河の額に刻まれるだろう。働かなくなった旦那に代わって不味いラーメンを作り続けている、あのかわいそうなおばさんのように。
「いやだろ?」
 俺は嫌だ。
「うん……嫌だね」
 ろくでもない例えに使ってしまってまったくもって申し訳ないが、おばさんのダシはさすがに効いたようだった。大河の縦じわが解けて消えたのを、竜児は撫でる親指の腹で感じる。
「よし」
 と竜児は、すっと大河の眉間から手を離す。目で見てもしわが消えたことを確認して、竜児が満足げに微笑んだのもつかの間。
「ふんむ!」
 と大河は気合一閃。ぎんっ、とばかり眉根をしかめてみせる。
「なんでだよ!?」
 竜児は手を戻し、ふたたび大河の眉間を親指で撫でる。さすがの竜児もこれには腹が立ちそうになるが、
「ふっ」
 怒るかわりに、軽く吹いて笑ってしまっていた。撫でれば途端にひそみは消えて、大河は細めた瞳にいたずらっぽい光をたたえている。これは、つまり……。
 今度は無言で、竜児は撫でていた指をすっと離す。
 いっそ微笑んでいるのかと見まがうような表情もつかの間、
「んむ!」
 またも大河は、ぎんっ、と。
「だからおまえさ……」
 竜児は苦笑して、大河の眉根をまたまた優しく撫でてやる。
 つまり、大河はふざけているのだった。いったい何が気に入ったのか、じゃれているというか、つまりは撫でろ!ということなのだ、大河は。その、証拠に。
 竜児に眉間を撫でられれば、途端に大河はひそみを解いて、やはりそうだ。今度ははっきり、上目遣いに竜児を見ながら、にこにこと微笑んでみせる。本来の美貌を輝かせる、そんな大河はなんというか、とても……とても……
 とても、なんだ?
 今度の竜児はちょっと当惑、手を離す。
 大河は微笑んだまま、一瞬、時を止めてみせて。やっぱりまたもや、
「む!」
 ぎんっ、と。おねだり。
「だからしわ刻むなって」
 こんなのは、面白いに決まっている。だから竜児はやっぱり笑って、だから竜児はやっぱり愉快で、拒むなんて出来っこない。揺れる電車はあぶないから、大河の髪をあまり乱さないように気をつけながら残る指を猫っ毛に挿しいれて、親指の腹で大河の眉間を撫でてやる。優しく、優しく。
 優しく、撫でられて。
 大河はうっとりとしたかのように目をつぶって、長い睫毛を上向かせる。眉も持ち上げ、顎も上げて雪色ののどを晒して、大河はまるで竜児に撫でられてふわりと持ち上がるようだった。
 竜児のシャツをしっかりと掴んで、竜児に撫でられて持ち上がって。大河の滑らかにふくらんだ頬はもちろんミルク色で、よもや赤くなんかなっていない。だから竜児はときめいても、勘違いなんてしない。大河の白いのどから子犬のような声が漏れたように聞こえたのも、きっと錯覚。そうだ。
 大河は撫でられて、まるで犬か猫みたいに、ただ心地よくなっているだけだ。だけど。
 だけど、そんな大河は、なんというか、ほんとうに。
 そっと、ゆっくりと。雪色の肌を痛めないように撫でながら竜児は思う。ああ、言ってやらねえが、思ってやるとも。ほんとうに、大河。おまえは、なんて、なんて、なんて。
 なんて馬鹿なんだ、おまえは、大河。そんな顔を俺に見せてどうする。そんな顔は、惚れた奴に……北村にこそ、見せるべきじゃないか。瞳を閉じておもてを捧げる、美しくて小さなおまえ。そんな、まるで、おまえがキスをする時のような顔は、大河。おまえは、なんて、なんて、なんて。
 可愛いんだ。
 薔薇の唇。
 ちくしょう。
 震えそうになった親指を離す。ぽん、と、そっけなく大河の頭を叩いてやる。
「おわりだよ、大河」
 ゆっくりと目蓋を開いて、大河の瞳が竜児を見つける。すかさず竜児は、
「もう撫でねえからな。やめろよ?」
 先手を打ったものだから、大河は不服そうに唇を尖らせる。唇を尖らせて、眉をひそめかけて――
 おっとっと、とでもいう感じ。大河は瞳も大きくして眉を晴れさせる。アホの大河は、それでも顔の下だけで不服を表現しようとして、薔薇色の唇をなんだかもにょもにょしている、その顔といったら。
 よっぽど竜児は安心する。微笑む。
「腹減っただろ、大河」
「……ううん、すいてない」
 ぐきゅ。
「……すいた」
 真実を告げる大河の腹の音に、つい、肩まで揺らして竜児は笑いを噛み殺した。大河はあいかわらず不服そうなツラだったが、
「……じき、駅だ。降りたらまず、なんか食おうぜ」
「うんっ!」
 飯の時には良い返事。大河もようやく笑顔になる。
「なにがいい? 大河」
「んとね……っそう! とんかつの老舗の本店があるの! 表参道の方!」
「おう、とんかつ来たか……いいよ。じゃあ、それだ」
「うむ!」
 大河の返事に応えるように、車窓の外にホームが流れ込んでくる。駅に入る速度なのかこれがという、毎度のスピードだ。やがてブレーキがかかり、電車が制動に入る。
 竜児は大河の肩を抱いてやる。倒れないようにだ。自然なことだ。大河も別段、気にはしない。電車が止まれば、俺はすぐに手を離す。
 電車が止まって、竜児はすぐに手を離す。
 ドア付近の乗客が降りる後について、
「さあ、行こうぜ」
「うん!」
 竜児は大河に先に立たせる。ドアの下から吹き上がる熱気にスカートもフリルも揺らめかせて、ホームを焼く日差しに一瞬、大河はほんとうに白く輝く。
 いつしかまわりの乗客が微笑んで見守っていたことにも気づかないまま、ふたりは真夏のホームへと降り立つ。
 
 
***おしまい***
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